






当時羽田空港は2階に搭乗ゲートがあって、そこの前に並ぶ方式だった。当日の午後6時過ぎ、並んでいた2便は、大阪行きの日本航空と鹿児島行きの全日空、両機ともに500名あまり。実はこの日は夏休みの始めの月曜日で、鹿児島便に並んでいた。そして、大勢の大阪行きの人たちからの、話し声が聞こえていた。
そしてそれぞれの便に。鹿児島に着いたのが8時すぎ、空港のテレビでは、すでに、自衛隊機から地上に炎が見えたということを伝えていた。しかし、墜落場所が判明したのは、翌朝になってから。GPSのない時代とはいえ、もう少し早く墜落場所の見当はついていたのではないかと思う。